---短編小説「ストーヴ君のひとり言」---
 
 ボクの名前は薪ストーヴのパイス。
 森と湖の国、北欧のノルウエイからやってきた。
 ボクが生まれたノルウエイでは、ボクたちファミリーはとっても
有名で、ヨツールと云う名前で多くの人たちに可愛がってもらって
いる。
 なんと言ってもノルウエイの冬は、日本よりはるかに寒さが厳し
いからね。
 ボクは湖が見える森の中にある家にやってきた。
 日本に来るのは初めてだけど、ここの眺めも素晴らしい。特に夜
明け前の青い湖がとても美しいんだ。
 この家のご主人はなんでも自分の手で作ってしまうので、ボクの
すみかも自分の手で仕上げてくれた。でもきっと慣れていなかった
んだと思う。だってうしろのレンガを積み上げて居た時に、半分く
らいのところで崩れてきて、ボクも本当にびっくりしたもの・・・。
 でもなんとかボクの部屋も出来上がり、初めての日本での涼しい
高原の夏を過ごした後、秋から本格的に働き始めるようになった。
 最初の冬、ボクの食料となる薪は、ブナやクルミの木が選ばれた。
どうやらこの薪は、ご主人が大月と云うところの山から買ってきた
ようだ。
 本当は薪も自分の力で手に入れようと思っていたみたいだけど、
家の他の部分を一生懸命に作っていたから、その年の冬には間に合
わなかったみたい。
 日本で迎える初めての冬は、なんでも15年ぶりの寒波とやらで、
外の気温はマイナス18度まで下がる日もあった。
 でもボクは大好物の薪をいっぱい食べて、この家を暖め続けた。
雪の日も、厳しい寒さを運んでくる木枯らしの日も、赤い炎をいっ
ぱい揺らせて、一生懸命に家を暖めた。
ボクの活躍ぶりを見て、ご主人も嬉しそうで、よく隣にやってきて、
座り心地の良さそうなソファに深く身を沈め、お酒を飲んでくつろ
いでいた。そしてボクの横でいつの間にか眠ってしまう。
 そんな夜には「早くベッドに行って寝なさい!」と、よく奥様に
叱られていたけど、ボクは気持ち良さそうに眠っている、ご主人の
寝顔を見るのが大好きだった。そして朝になると早く起きてきて、
ボクに朝の挨拶をしたあと、ススがついたガラスをきれいに磨いて、
おなかの中にたまった灰を取ってくれた。
 ある夜のこと、いつものようにボクが赤い炎を揺らしていたら、
ご主人と奥様がダイニングで話しているのが聞こえた。
「あのストーヴ、思ったより薪を食うな・・・」
「そうね・・・来年の冬からは自分たちの手で薪をなんとかしない
とね・・・」
 ボクはそれを聞いて、少しスマナイない気がした。
 
 春になって、しばらくボクの休む日がやってきた。と言ってもこ
この春は遅く、4月の終わり頃になって、ようやく桜のピンクの花
びらが舞った。ボクも本格的に休むようになったのはそれから随分
と経ってからで、日本では「梅雨」という雨の多いシーズンに入っ
てからだった。
 優しい雨が降り続き、久しぶりに雨が上がった日に、カワイイお
客さんがやってきた。
 それはキセキレイという、オナカのところが黄色い小さな鳥で、
頭のてっぺんの煙突から入ってきたのだった。
 ボクはとても楽しかったが、どうやらここのご主人は鳥が苦手の
ようで、あんなに大きなからだをしているのに、キセキレイが部屋
を飛びまわる間、自分の部屋にずっと隠れていて、出てこなかった
んだよ。
 ハハッハ! おかしい!
 2年目の冬は寒さがやわらいで、ボクはご主人が自分で切ってき
たヒノキや杉の薪をいっぱい食べて、部屋を優しく暖めた。
 この年にはご主人が知り合いの酒屋から、ウイスキーの樽を壊し
たものを貰ってきて、それも時々食べさせてくれた。
 この樽はホワイトオークと云って、ボクたち薪ストーヴにとって
最高のご馳走なんだけど、長い間ウイスキーを詰めてあったので、
燃やしている間、すごく酔っ払ってしまった。
 この家のご主人も時々お酒を飲み過ぎて、朝早く起きて来て、ボ
クの前でぼんやり考えごとをしている日もあるけど、ホワイトオー
クをたくさん食べた日には、ボクもご主人と一緒にボーとしていた。
 3年目の冬からは、薪を燃やすときにアメリカからやってきた「
ファットウッド」を食べさせてくれ、とても調子良く燃えることが
できた。この「ファットウッド」というのは、松の小枝に松ヤニを
いっぱい染み込ませているから、あっという間に火が付くんだ。そ
して太い薪が燃えるまでずっと燃え続けてくれる。それに燃える時
に松の爽やかないい香りがするので、ボクはとても気持ちが良くな
った。
 時々、ご主人の息子が森からマツボックリを取ってきて食べさせ
てくれたが、このマツボックリも「ファットウッド」と同じような
味がした。
 こうしてボクは日本にやってきて、あっという間に6回の冬を迎
え、この家の家族ともすっかりと仲良くなった。
 ところがその6回目の冬、まだまだ2月だと云うのに、食料の薪
がすっかりなくなってしまった。
 理由は二つ。
 その年の薪は唐松が多く、それだとすぐに燃えてオナカが空いて
しまうこと。それにもうひとつは、扉のガラスの一部が欠けていて、
そこからどんどん空気が入り、より多くの薪を食べてしまったから
だ。
 ボクもそのことに早く気付けばよかったのだけれど、いつもの冬
のように過ごしたのがいけなかった。
 そんな2月のある日、ボクの正面の部屋に新しい奴がやってきた。
 こいつは「灯油」と云う、おそろしくマズイモノを食っているの
だけれど、悔しいことにその暖かさは抜群で、しかも鼻のところに
ある赤いスイッチを押すと、すぐに部屋を暖める。
 このところご主人は仕事が忙しくて、家に居ないことが多い。そ
うなると奥様もここの子ども達も、この「新入り」ばかり可愛がる。
たしかにこの「灯油」というのは安いし、あの忌々しい赤いスイッ
チも便利だ。
 でも・・・ボクはみんなに無視されているようで、とても寂しか
った。
 
「たしかにこのFFヒーターは便利だけど、実際に揺れる炎は見えな
いし、薪のはぜる音も聞こえない。それに木の燃える香りもしない」
ある夜の夕食の後に、ご主人が奥様にこう言っていることを聞いて、
ボクはほっとした。
 ご主人はお酒に酔っていたけれど、ろれつの回らない口調で「来
年は秋までに薪をいっぱい確保するぞ!」って、何度も何度も言っ
ていた。
 
 ボクはこの家にずっと居たいし、この家をずっと暖め続けたい。
 たしかに面倒な作業はあるし、それほど便利じゃないかもしれな
い。でもご主人が言ってくれるように、揺れる炎は見ていて心和む
し、ボクが部屋を暖めると、とても木のいい香りがする。
 だから来年の冬は、またみんなと暖かい時間を過ごせるといいな
あ・・・
 
<- 完 ->
 
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