Kiss My Earth

ランニングサンダル「ワラーチ」との出逢い

それはたんなる偶然だったのだろうか。それとも必然なのか。

2011年の秋だった。
その夜、ボクは夕食を終えて薪ストーブの前に座り、ぼんやりとテレビを見ていた。
BSチャンネルの番組で、元マラソンランナーの谷口浩美氏がリポートを務め、ケニアのマラソンランナー養成所の選手の様子を紹介していた。

ケニアのランナーと言えば、オリンピックに於いても毎回上位入賞する選手たちが多く、日本にマラソン留学する選手もいる。

彼らの練習方法、距離、食事内容などを紹介している中で、興味深いことを検証し始めた。
ケニアのランナーを走らせ、そのランニング・フォームをコンピュータ解析して詳しく検証したのだが、彼らはランニング時につま先から着地している。
で、もしも欧米や日本人選手が、ケニアの選手と同じようにつま先で着地するランニング・フォームを取り入れればおそらく記録がもっと伸びるだろうとも言っていたのだ。

危険があると思う時に人間は踵から着地しない

記録が伸びる云々にはあまり興味はない。
強い選手のランニング・フォームを検証して、「これこれこうだから、この選手は速い」なんてのは、いつもこじつけだらけだし、その選手が結果を出しているから理由を付けるのであって、もしも結果が出なければ、同じ特徴でも欠点として指摘されるに決まっている。

だが次のエピソードだけは心に残った。
「夏の熱い砂浜を歩いているところを想像してみなさい。誰もが皆、つま先で歩いているでしょう。つま先で歩くことは人間の防衛本能なのです。危険があるかもしれない、と思う時には、決して踵から着地しないのです」

では何故、ケニアの選手はつま先から?
「それは貧しくて靴が買えないからです。皆、幼い頃は裸足で走っていたのです。だからつま先で着地することが自然なフォームなのです。彼らはマラソン選手として有名になることで、その貧しさから脱しようと頑張っているのです」

トウキチさんは「Born to Run」って知ってますか?

ボクは娘が産まれた年、今から27年前に初めてフルマラソンを走ったが、それから四半世紀の間、ずっと踵から着地するランニング・フォームが正しいと信じて来た。で、それなりのタイムで走ってきたし、人にアドバイスをする時も、早足で歩くように踵から着地しなさいと教えて来た。

それが正しいことを示すように、ランニング・シューズ各メーカーは、踵の部分にたっぷりとクッションを入れた靴を売っている。
「そうか・・・つま先着地ね・・・でも今さらなあ」というのが、その番組を見終わった時の感想だった。

それから数週間後、友人と走っていた時のこと、彼がボクに質問した。
「トウキチさんは「Born to Run」って知ってますか?」
「あー知っているよ。ブルース・スプリングスティーンだろ?」
ボクはブルース・スプリングスティーンが大好きで、彼のアルバムはほとんど持っている。
で、「Born to Run」は彼の代表曲である。
「いや曲のタイトルではなくて、最近、ベストセラーになった本のタイトルです」
そういう本があるとはまったく知らなかった。走りながら彼は続けた。

つま先から着地して走ることが理想だ

「その本によるとタイトル通り、人間は走る為に生まれた、ということで、我々人類が、どれだけ走る為の能力を持っているか、ということを細かく検証しているのです。で、そこで本来はつま先から着地して走ることが理想だ、と言っているんですよ」

ほら来た! 冒頭で「導かれていた気がする」と言ったのはこういうことだったのだ。

ボクは天邪鬼なので、誰かが単一のメディアで「これこれこうが正しい」とか「これこれが流行る」なんて言っても、まったく信じない。
が、なんの脈略もない状況の中で、まったく違ったルートから入ってくる同様の情報に関しては、かなり興味を抱く。
ましてや日課としているランニングのこと、それは尚更である。

走りながら彼は「Born to Run」についてもう少し詳しく説明した。で、次のように言った。 「まあボクも半信半疑なんですけど、最近はちょっとつま先で着地する走り方を取り入れているんです」

東吉ワラーチHistory ~完成に至るまでの試行錯誤~

踵にたっぷりとクッションの入った靴が悪いのだ

その後、すぐにその本を読んだ。
著者は「スポーツ・イラストレイテッド」で記事も書いているクリストファー・マクドゥーガル氏で、彼自身がなぜ自分は走ると足が痛むのか? という疑問からこの本を書き始めた。

主軸は人が太古の昔から走って来た理由を科学的に検証している。で、横軸にメキシコに住むインディオ「タラウマラ族」の人々にスポットを当て、彼らとアメリカを代表するウルトラマラソン・ランナーの競争を描いている。

「タラウマラ族」の人々は古タイヤを足底の形に切り、それに革紐を通しただけの「ワラーチ」と呼ばれるサンダルで、100マイル(160キロ)もの距離を走ると言われている。

それを知った著者は疑問に思う。
「どうして自分は100ドル以上もする高価なランニングシューズを履いているのに足が痛くなり、なぜ「タラウマラ族」の人々は、そんなに粗末なサンダルを履いても足を痛めないのか?」

いよいよ自家製ワラーチの制作を始めた

そして最終的には「理由は靴が悪い。踵にたっぷりとクッションの入った靴が悪いのだ」との結論に達する。

これ以上詳しい内容は、面白い本なので是非ともお読みいただきたいのだが、その本を読んだ後、試しにボクもつま先着地のランニング・フォームで走ってみた。それと同時になるべく踵の薄い靴で走った。

最初は捨てようとしたペナペナにヘタったランニング・シューズ。次にクッションもなにもないマリンシューズ。そしてビーチサンダルに紐を通し、2011年の春、いよいよ自家製ワラーチの制作を始めた。

最初はホントに試行錯誤だった。
本気で古タイヤを切ろうとしたが、今のタイヤはスチールラジアルと言って、タイヤのゴムの中にスチール製のワイヤが入っているので切ることは不可能だ。
あれこれ試している内に、靴底修理用のシートが売られていることを知り、これまたあれこれ取り寄せて試した。

10ミリ厚のワラーチが理想という結論

で、いろいろと試した結果、靴底は10ミリの厚さが理想だと分かった。
それ以上の厚さは必要ないし、それ以下の厚さでは、舗装されたアスファルトでは問題ないが、バラスを撒いた道や山道では足底に対するインパクトが強すぎる。

ここできちんと言っておきたいが、ボクは最初から裸足で走るつもりは毛頭なかった。もちろんワラーチで走ることは裸足で走る感覚に近い。
が、我々現代人の足底はそこまで強固ではない。ホントに綺麗に舗装された道ならもちろん裸足で走れるし、ボクも時々裸足で走る。だが長い距離を、いろいろなコンディションの道を走るなら、裸足は現実的ではない。
で、現実的なモノとして、10ミリ厚のワラーチが理想だとの結論に達したのだ。
次に紐だ。

本場「タラウマラ」の人々は革紐を使う。が、ボクのこれまでのアウトドアの経験から、紐は細挽き紐が耐久性にも優れ、このサンダルに見合っていると思った。
靴紐でも代用できる。が、逆に靴紐の方が高価だし、細挽き紐の方が耐久性に優れている。
で、細挽き紐の直径は3ミリがいい。

自家製のワラーチはランニングに完璧に対応できる

こうしてワラーチを履いて距離を伸ばし、2011年の秋には、地元の河口湖でフルマラソンを走った。結果は3時間33分。
ボク自身のこれまで20回以上、マラソンを走った記録の歴代の3位の成績である。

これで自家製のワラーチはランニングに完璧に対応できることを自分自身で証明したのだが、去年の春にはボクのアシスタントが、ワラーチで72キロのウルトラマラソンを走った。そしてその様子をブログなどで見ていたある女性が、6月にサロマ湖で100キロを走った。

アスファルト道だけではない、走ることでいつも情報交換をしている知人は、去年の秋に「信越五岳」という、長野と新潟に跨る5つの山々を110キロ走る、というトレイルランのレースをワラーチで完走した。

昨年の秋、チャリティランで河口湖から神戸までの約460キロをワラーチで走ったが、その道中も様々なコンディションの道を走った。
2週間以上掛けて走ったので、途中、豪雨にも見舞われた。 しかしボクの自家製ワラーチは、紐も本体もまったく問題なく、この長い走りに耐えてくれたのであった。


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