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色褪せぬ情熱

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 昨年、60歳を過ぎた先輩が「信越五岳トレイルランニング」に出場して、見事、110キロを完走したことはすでにこのブログで報告した。実はその先輩は10年ほど前にニセコでBCで滑っている際に木に激突して、左足をボッキリと骨折している。誰もが復帰を危うんでいたが、その後も平然とスノボを続け、しかも怪我の後、第一回目の東京マラソンでマラソン・デビューを飾り(なんと3時間45分という好タイムだ)、未だにサーフィン、スノボ、トレランと遊びまくっている。

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 さてボクの隣に写っているのは我がクライミングの師匠である。

 彼の本業はカメラマンで、今から20年ほど前に、主婦向けの「オレンジページ」という雑誌でアウトドア・クッキングの特集を組んだ際に、沖縄ロケをご一緒させてもらい、それ以来の付き合いである。

 実は知り合った当初、彼はほとんどスポーツをしていなかったと思う。口癖のように腰痛を訴え、記憶違いでなければタバコも吸っていた。

 が、二度目のロケの時には、ボクの日課であるランに一緒に付いて来て、当時、暮らしていた自宅のガレージに人工のクライミング・ウォールを設置すると、すぐに夢中になって、暗くなるまでウォールと格闘していた。で、その日のウチにボクより遥かに難しいムーヴが出来るようになっていた。

 しばらく会わないウチに国内では有名な登山競走である「ハセツネ」に参加したり、いろいろなアドベンチャー系のレースに参加し、久しぶりに会ったら「最近はこれ」と言って、アイスクライミングの写真を見せてくれた。

 それ以来、夏は通常のクライミング、冬はアイスクライミングに連れて行ってくれ、それらに関する詳しい知識や技術を教えてくれている。

 で、数年前、アイスクライミングの最中に、落ちて来た氷塊に胸を強打して骨折。肺の一部が潰れるまでの重傷を負った。

 が、すぐに復帰。

 一昨年の秋の小川山で久しぶりにクライミングを楽しみ、先日、山梨や群馬の県境にあるダイナミックなアイスクライミング・エリアを案内してくれた。

 人間、幾つになっても新しいことを始めるのに、遅すぎるということはない。それに大きな怪我や事故に遭っても、情熱さえ失わなければ、また復帰して楽しむことができる。それは幾つになっても、だ。

 そういうことを頭ではなくて体感させてくれる先輩に恵まれて、ボクはとても幸せである。

 彼らと接していると、残りの人生を考えるのではなく、まだ見ぬ新しい世界に対する好奇心に包まれるのだ。


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    木村東吉
    1958 年大阪生まれ。
    20代は雑誌「ポパイ」の顔としてファッションモデルとして活躍したが、その後、30 代に入りアウトドア関連の著作を多数執筆。
    現在は河口湖に拠点を置き、執筆、取材、キャンプ教室の指導、講演など、幅広く活動している。
    また各企業の広告などにも数多く出演しており、そのアドバイザーも務めている。

    詳しいプロフィールはこちら

    木村東吉公式サイト「グレートアウトドア」

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