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2012年6月アーカイブ

生涯現役

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 明後日の6月28日発売、マガジンハウスの雑誌「ターザン」のトレイルランのページに息子と一緒に出演している。

 このトレイルランのページは、古い友人のU氏の担当ページで、彼自身もいろいろなマラソンレースやトレイルランニングのレースに出場している

 U氏は雑誌「ポパイ」の創刊当時からのスタッフで、ボクが22歳の時からその当時の「ポパイ」に出演しているので、もうすでに30年以上のお付き合いである。仕事以外にも(と言うか、仕事以外の付き合いの方が多い)ウィンドサーフィン、スキー、スノボ、スノーシュー、トレランと、一年中、野山を一緒に駆け回っているが、息子がよちよち歩きの時から知っていて、昨年、息子がモデルとして活動するために上京してからは、准レギュラー扱いで息子をトレラン・モデルとして起用してくれている。

 「ターザン」が創刊されて25年。創刊当時はボクもいろいろなページに出演させてもらった。そして今でもトレランページにも時々、出演させてもらっている。こうして親子2代に渡り、同じ雑誌に出演できることはとても嬉しいことだ。普通のモデルとして共演する機会は、これからあるかもしれないが、こうしてフィットネスのページで共演できるのは、自分が未だに元気で走り回ることができるからだ。そしてそれ以上に、U氏のように、仕事、プライベートの双方で現役で、親子2代でお付き合いできる先輩の存在があるからである。

 ご覧の写真のように、U氏は60歳を過ぎた今でも。若い頃からずっと変わらないマッシュルームヘアに短パン姿。永遠の青年だ。

 こういう人生の先輩に囲まれ、我が息子にも末永く頑張って欲しいのである。

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いったい山は誰のモノ?

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 「道普請」

 この言葉を知ったのは、世界遺産にも登録されている「熊野古道」のボランティアの人々の活動からで、多くの人々が歩くこの道を、地元のボランティアが整備する姿をテレビ番組で紹介していて、その活動を「道普請」と呼んでいた。

 いったい誰にとってのいい山か?

 人間にとってか? 獣たちにとってか? あるいは植物にとってか?

 その問いには誰も答えることができないと思うが、先日、開催されたUTMF(ウルトラ・トレイル・マウント・富士)によって、我が裏山である足和田山のトレイルにも、良くも悪くも少なからず影響が出た。

 そりゃ一度に1,000人もの人々が駆け抜けるのだ、影響がない訳がない。が、台風や大雨によってもトレイルに影響は出るし、イノシシがミミズを食い漁っても、やはりトレイルは荒れる。だからきちんとアフターフォローをすればいいのだ。

 UTMFの関係者やボランティアによっても、大会後、整備活動が行われたみたいではあるが、個人的に気になった箇所の補修を行った。

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 真っ先にやらなければならない箇所は、トレイルの一部を塞いだ箇所の現状復帰で、これはもっとも大会管理運営者の注意を喚起したいポイントである。つまり選手がミスコースをしたり遠回りをしない為に、迂回路を間伐材などで塞いである箇所で、通常はお年寄りや子どもなどの登山者の迂回路である。これを塞いでしまえば、危険な急登を登り下りするしかない。今朝の時点で大会終了後、一ヶ月を経過したので撤去しておいた。

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 次にこれまでにも危険であった急登が、多くの選手が踏み固めることによって、ズルズルに滑って危険な状態になった箇所を2箇所、トラロープを掛け、一箇所は新たにバイパスを設けた。これで小学生たちにとっても安全に登り下りが可能になった。

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 UTMFの選手大会要項には「すれ違う、あるいは追い越す時に、登山者に最大限の注意を払うこと」と書かれていたが、それはレース後の大会関係者にも言えることなのだ。

 歩いてもいいし、走ってもいい。どちらにしても山に対する愛が不可欠である。

 愛がなければ最初から触れてはならない。それは恋愛と同じである。

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人生という名の学校

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 若い頃から「自分は社会生活に適合できるのか」と心のどこかで不安を抱えていた。税金をきちんと収めることができるのか? 保険料は? それ以前に自活できるのか? また家族をきちんと養っていけるのか?

 もちろんその不安は今も少しは残っているが、まあ53歳という年齢とこれまでの人生を鑑みれば、どうにか社会に適合できた、と言えるのかもしれない。が、それでも自分の性格を自己分析する限り、勤め人は務まらないと思う。

 ところで社会を学校に例えれば、今の年齢から言えばかなり高学年の域に達すると思われる。多くの先輩や同級生が卒業していき、卒業しないまでも、これまでのように活発に活動する同級生や先輩が少なくなった。

 かつてはこの「学校」できちんと卒業できるかどうか心配だったが、自分でもそれなりに頑張って来たかもしれない。入学当初は危うく「停学」になりかけたり、「退学処分」の可能性もまったくなくはなかったが、ぎりぎりのところで多くの人々に支えられ、なんとかこれまでやって来た。

 自分にやれるのか? という不安が消え去ると、次はその中で一旗上げてやる、という欲求も湧いてくる。フットボールチームや陸上競技で活躍したり、研究成果を発表したり、自分の存在価値を認められたい、という願望も強くなる。もちろんその願望を満たすために努力を重ねることが、その人の成長に繋がって行くので、それはとても結構なことである。

 しかし自分の今の年齢に達すると、一旗上げてやる、という願望から努力するのではなく、より長く学校に在籍し、後輩たちと一緒に、いかに楽しく勉学や運動に励むことができるのか・・・ということのための努力に変わって来ている。その為にはなによりも体力が必要だし、柔軟な発想も不可欠だろう。そしてその双方を満たすための偏見のない好奇心も大切だ。それは数少ない偉大なる先輩たちが、きちんと身を以って示してくれている。

 昨年、新たに新入生も入学して、ますますそのモチベーションに繋がっている。いつの日か、大きく成長した彼女とディベートやディスカッションを交わし、一緒にスポーツを楽しむことができるその日まで、今の努力を怠らないようにしたい。

 そして素晴らしい学生生活を与えてくれる「人生という名の学校」に心から深く感謝したい。





永遠に終わらない肉体改造

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 今年の「チャレンジ富士五湖」の完走証が送られて来た。

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 以前、このブログでも報告したが、今年は最後までペースを守って完走することが目的だったが、この完走証に記された10キロごとのタイムを見て欲しい。

 最初の10キロが  1時間21分

 次の20キロが   1時間10分

 30キロ      1時間15分

 40キロ      1時間18分

 50キロ      1時間17分

 60キロ      1時間15分

 70キロ      1時間15分

 で、最後の2キロが15分。

 と言うことで、最初の10キロが少しスローペース、次の20キロが少し早いペースということで、あとはエイドステーションでの休憩も含め、ほぼキロ7分代をキープしている。

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  このペースこそが、今回の最大の目標であり、今後のテーマでもある。

  10キロのレースは限りなく40分に近く。(キロ4分)

  ハーフマラソンは1時間40分以内(キロ4分30秒)

  フルマラソンは3時間40分以内(キロ5分)

  そしてそれ以上の距離はキロ7分代をキープする。

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  そしてどのような距離を走っても、レース後の大きなダメージを感じることもなく、もちろん故障を訴えることもない・・・そういう身体づくりを目指したいと思う。そしてその身体を作ってくれるのがワラーチであると確信している。

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 この16ヶ月間の様々な練習の成果から、それは間違いないと思う。もちろん食生活やウエイトトレーングなども大きく影響することだろう。そして絶えずモチベーションを上げてくれる、刺激ある人間関係も必要だ。場合によっては燃えるような恋も必要かもしれない。(調子に乗るな!)

 と言うことで、これで完璧に来年のメキシコは射程範囲内に見えて来た。 

 頑張るぜ!

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 最後に雨の中、ずっと我々の走る姿を撮影していただき、それを惜しげもなく提供していただいた、カメラマンの蔦野裕氏に感謝したいと思います。有難うございました。






さらば愛しき女よ!

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人はいったい誰と繋がっていたいのだろうか?

今、現実に目の前にいる人か? あるいは初恋の人なのか? それともまだ見ぬ誰かなのか?

以前はものごとがもっと単純だった。

仕事に行けば仕事仲間がいて、家に帰れば家族がいた。ジムに行けば一緒に汗を流す人がいて、週末には趣味を共有する友がいた。

自分の居る場所で気分を切り替え、それに対応すれば良かった。

が、今は違う。

自分の部屋に居ながら遠く海外にいる人々(おまけに時差もありながら)と繋がっていたり、日常の雑事に追われながら、もう何十年も会っていない幼き日々を過ごした友と、情報を共有している。


昔から電話が嫌いだった。

電話がかかってくる。自分のその時の精神状態に関わらず、突然、その電話をかけた主の感情に世界が覆い尽くされる。愛しい人からの電話なら、その世界は恍惚の時に包まれるが、生憎、そういう状況は稀である。

だからEメールがこの世に現れた時には感謝した。

メールチェックの時に心の準備ができる。自分の気持ちを整理して伝えることができる。おまけに写真などの添付書類を添えて、より多彩に感情を伝えることが可能になった。

だがそのEメールの出現からわずか十数年で世界は変わった。

写真などの静止画は当然のこと、動画、音楽までもが共有でき、それは国境や時差を超えて、一瞬にして世界の果てまで飛んで行く。すべての人々がメッセージツールを所有し、掌に収まる小さな機械で、世界に向けて発信できる。マウスを一回クリックするだけで人の行動を評価し、それによって一喜一憂する。そしてそれが、自分のまったく知らないどこかの国のどこかの企業のマーケットリサーチに繋がり、新しい商品が開発され、いつしかそれを手に入れる。

きっともう誰にも止められないし、より加速することだろう。


だが、だからと言って、そのまま時流に乗るほど自分は素直ではない。まったくなんの影響がなくとも、独り、反旗を翻すのも悪くはない。そういう小さな積み重ねが、いずれは現状の混沌としたSNSカオスをいい方向に淘汰していくかもしれない。いい意味でも悪い意味でも、知らず知らずのうちに、我々はそうやって自らSNSを育てて行くのだ。

と言うことで、一旦はFacebookと別れを告げよう。

亡くなった姉の娘、つまり姪との交流から始めたFacebookだが、いつの間にか多くの人たちと繋がり、それはそれで貴重な時間や交流を手に入れた。そのことには深く感謝している。

Facebookを辞めると宣言してから、多くの「友達」から有難いメッセージを多数頂いた。なによりも嬉しかったのは「綺麗な写真をいつも楽しみにしていた」という意見が多かったこと。これは写真の技術に対しての褒め言葉ではなく、いかに自分が素晴らしい環境の中で暮らしているか・・・ということの評価であった。

その素晴らしい環境をもう一度再確認して、今後もあるべき形でメッセージを発したいと思っている。

ホントにみんな有難う! また逢う日まで!






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    木村東吉
    1958 年大阪生まれ。
    20代は雑誌「ポパイ」の顔としてファッションモデルとして活躍したが、その後、30 代に入りアウトドア関連の著作を多数執筆。
    現在は河口湖に拠点を置き、執筆、取材、キャンプ教室の指導、講演など、幅広く活動している。
    また各企業の広告などにも数多く出演しており、そのアドバイザーも務めている。

    詳しいプロフィールはこちら

    木村東吉公式サイト「グレートアウトドア」

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